昔々――
とある暑い国に、神童と呼ばれた一人の王子が居ました。
彼の夢は、勇ましい英雄になることでした。
あるとき彼は、隣の国との戦争に、父である王様と出かけました。
そのとき、戦争の裏で優れた人を喰い、人々の苦しみを長引かせて喜ぶ怪物に襲われました。
王子は、かつて王様の妾に嫌われて、牢に閉じ込められたことがありました。
そこで生死の境を彷徨ったときに、"存在の力"を感じられるようになっていました。
だから怪物の力も、怪物が王様を狙って来たこともわかっていました。
それでも、王子は怪物に立ち向かいました。
ところが、その怪物は言ったのです。
『可愛い王子、何をするの。せっかく妾を喰って、お前を救ってやったのに。
せっかく王を喰って、おまえを英雄にしてやろうとしているのに。
もう敵の王も将軍も喰ってしまったよ。
あとはおまえが「前に進め」と号令をかければ、夢は叶うよ』
……もちろん王子は、妾のことも全て、知っていました。
それでも、王子は怪物に斬りかかりました。
例え妾に唆されて自分を投獄したのだとしても、王子にとって王様は父だったからです。
もちろん王子は、怪物に負けました。
そうして、あとは喰われるだけとなったとき、王子は不思議な声を聞きます。
『儂は、人喰いを許さぬ者。
人としての全てを捨てて、儂の器となってくれないか。
代わりに、巨大な力を、あげよう。』
……王子は、全てを捨てる、という言葉に不吉さを感じました。
それでも、王子はその声の言うことを受け入れました。
王子はとんでもない力を手に入れました。
そして、そのとんでもない力を振るって、怪物を追い払いました。
王子は、これで英雄になれたと思いました。
王様を救い、父を救い、国を救い、怪物を追い払ったのですから。
ところが、王子は王様に話しかけて愕然とします。
王様は王子のことを、忘れていました。
兵士たちも、誰一人として王子のことを覚えていませんでした。
皇子でなくなった彼は、自分の中から、あの不思議な声をかけられます。
『おまえは人としての全てを捨てることに、同意したではないか。
おまえが、そう望んだのではないか』
…彼は、うちひしがれました。
それでも、彼は人を喰い続けるだろう怪物を追いました。
逃げ回る怪物を追って、彼は長い間、広い世界を彷徨いました。
怪物の仲間を探し出しては倒し、居場所を訊き、長い長い間、彷徨いました。
その間に彼の父はしに、何代か後に国は滅び、その後にできた国も、その後もその後も、みんな滅んでいきました。
そして、数百年の年を経て、ようやく彼は、怪物を見つけました。
怪物は言いました。
『ああ、なんて嬉しい出会いだろう、可愛い王子。』
……数百年ぶりに、彼は本来の自分を知る者に会えたのです。
それでも、彼は戦いました。
激しい戦いの末、彼は怪物を討ち果たしました。
最期を迎えた怪物は言いました。
『ああ、可愛い王子。
妾を殺し自分の命を救った私に斬りかかり、私が用意した英雄になる夢を自分で壊し、自分の持っていた全てを 捧げて、人だった頃の自分を知る最後の存在である私を消してしまうなんて。
どうしていつも、そんな馬鹿なことをするの。』
……彼自身、そう思っていました。
それでも、彼は答えました。
『私は、いつだって、良かれと思い、選んだのだ。
今だって、良かれと思い、選んでいる。』
……と。
怪物は、また言いました。
『今度もきっと、後悔するわ。』
……と。
彼自身、そう思っていました。
それでも、彼はまた、答えたのです。
……『それでも、良かれと思うことを、また選ぶのだ。』
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